新築を計画している時に、その「快適さ」の諸条件について考えるといろいろ困難な問題に思い当たります。経済性・インテリア・外観・地理的な利便性・冷暖房設備という生理的な条件・健康など、考慮すべき観点は「文化を含めた生きる条件」のすべてが、快適さにつながります。100点は無理でも、50点は取りたい。あとはインテリアを中心に住む人がアレンジすべきで、そのときは不便さもまた個性、となります。

「暮らしに関わる地勢と時間の推移」、とばかり、厄介な問題ほど簡便に言いなしたくなるところです。「気候風土・地理的な条件と歴史」、とか、解決はかえって遠のくがごとく、おまけにすでにしてDNAにまで取り込まれている生存の絶対条件もあります。
 10年かければ少しは納得がいくかもしれません。本やあらゆる情報は満ちています。「人間存在」と「美」の関係など、西欧古典哲学が躍起となって人間の脳裏に意味を与え、概念化して固定する努力はなされてきました。そこに科学的な視点が加わり、そうした営為はすでに放棄されてしまった、ともいえます。厄介な問題で、しかも放棄されたものであれば、これは幸いともいえます。すべては妄想で、なかったことにする…。OK!問題なし。
 しかし、科学は物差しであり指標です。それに人間の求める快適性を阻害する要因があれば、必要なのはアレンジです。機械(ロボット)こそがもっとも人間的である、とは、本末転倒です。チャップリンも早々に工業文明を揶揄していました(『モダンタイムズ』)。どこまでも人間が主人公であって科学はその道具であるという順番を取り違えるわけにはゆきません。情熱的な善意がときに多大な弊害を生み出すこともあります。
 近代建築の父であるル・コルビジエもまた晩年には教会の設計に携わりました。宗教というより、心の拠り所としての建築、という厄介な問題に回帰したいえます。その心中はさぞドイツ系観念哲学の反芻に動揺したことと想像できます。根っからのフランス人ではない建築家は、なお装飾的な建造物には距離を置きました。彼の中では古典的装飾の意味ばかりはすでに崩壊しています。それは権威やへの栄光の賛美ではなく、波乱の大陸史を乗り越えてきた人間たちの、しかし市民革命とも違う、近代らしい人間存在の現代的な居場所の検討という、なお観念的ではある中立性、それ以上の人間存在の慰安場所を希求した、とも想像できます。
 それは地勢や歴史とは距離を置いた、心の中の居城を模索するような営為です。「心は形を求め、形は心を進める」というそうですが、その仏法的な解釈は別にして、これを素直に考えれば、それが特殊な哲学問答ではなく、だれでも希求する慰安の形を日常的に模索するのが自然です。心地よい家に住みたいという願いは、すでに家を建てた人でもなお課題としている場合もあります。
 それは偉大な建築家ばかりが踏み込む迷路でもなく、家を建てようと考えるときの人の素朴な散歩道である、程度に考え、あれこれ思案する楽しさでもある、と思いなし、決して深刻な迷路の中にいるとは考えないことです。楽しくても脂汗を流すような大変さはあるでしょう。それはなお産みの楽しみというものです。真剣に取り組む人生の散歩の一コマ、楽しみです。
楽しい悩み、それはイメージする新築計画

 新築計画では、建築主は当然ながら「家」というものをあらゆる観点から検討されています。大枠で「利便性」と「快適性」で分けてみると、利便性は言い換えると通勤通学・買物などの時間経済を含めた経済的な側面のことで、それに対して快適性はかなり抽象的になります。ここでいう快適さは「駅から何分」、とは言い換えられません。もっとも経済性と快適さが、あるいは快感などにに結びついている場合もあるようですが。あれだけ100円ショップが受け入れらる実態があります。
 広い意味でこの「快適さ」を考えると、人の五感すべてに関わること、となります。それで実にいろいろな事象が連想されてしまいます。「温度・湿度」など序の口の問題で、人の心の慰安となれば、「個々趣味の問題」として客観視を投げ出したくなりますが…。湿度が高すぎて夫婦喧嘩が勃発した、という話はあまり聞きません。
 ここは冷静にいこうとしても、生活スタイルの自覚・確認、空間の形、調度品、色彩のバランス、公園はあるかなど子育て環境、教育環境、静寂、程よい人間臭さ、あるいはどこか無機質な近代以降の幾何学的な合理性など、考えだすとキリがないくらい、「生活」になつわる人間の意識は実のところ膨大な情報の蓄積・蓋然的な累積・総和に満ちています。専門である建築家がその都度頭を痛めるくらいのものです。
 で、あろうとも、建築主は考えざるを得ないでしょう。「建築学」に頼らずとも、送ろうとする「生活」のその意味ばかりは、理屈以前にすでにイメージを構成しているものだからです。それに忠実たらんとする苦労、ともいえます。新しい環境における生活において「自分は何を望んでいるか」、という作業が建築計画です。
 雨露凌ぐという古来からの外せないシンプルな条件、あるいは理路整然とした複雑さとでもいった現代の粋を反映させた建物環境を想像することも自由です。建築計画はときにその広大な自由の海に溺れる徒労感さえ含まれます。
 イメージの構築と具体化

 やはり建築家や設計事務所に頼ろう、というのはムリもないところ。古来より「分業」こそは人間ワザで、あらゆる分野の「プロ」はそのために生まれてきました。プロのアドバイスなしに立てた計画はなにより施主自身の不安の原因になりかねません。自身が納得するためにも客観的な意見を求めることは必須です。
 言葉は悪いですが現実・具体的な計画は妥協の産物といえます。それを真っ先に知らしめるのが「予算の都合」でもあります。
 しかし、建て主がまず自分の家のイメージを持っていることは大切です。
 近未来を見据えて「計画」するというのは本来楽しいものです。楽しくなければ一度計画を放棄したほうが無難ですが、「予算」など現実的なフレームが決まっていても、ならばその中でいかに夢を構築するかは、なお、現実的な楽しみであり確かに夢の途中にいるといえます。
「建築計画」とは専門家と一緒に考える夢です。なにが古来よりの無視できない条件の確認であり、一方で何が最新であるかの確認も外せません。なにが「条件」なのかは、専門家が承知しています。施主ご自身でもその夢の輪郭は認識可能ですが、その追認、確認のためにも専門家は頼りになるはずです。
 そうした前提の上で、なおかつ施主自身が望む五感の三次元世界(家)は、まずご本人が吐露できなければだれにも伝わりません。具体例を探しつつ、いろいろイメージを合成してプロに示す必要があります。
 そうして可能・不可能を見極め、中空の夢想が地上へと降りてきたところを具体的・現実的な形としてパースや図面として再現してもらえれば、やはり安心は訪れます。夢を現実化するには文字通りチームワークです。
 情報化時代の現在、サンプルや見本はネット上に溢れています。この海を泳ぎ渡らねばなりません。「見る」こと、」「できるだけ見渡す」ことは必須です。自分の問題ですから、いわれずともクタビレるまで見回すことでしょう。ただし、楽しみながら。
 楽しみ疲れなんて、なかなかできない経験です。
 家 VS 自然

 もしもの話ですが、建築主がその抱く夢想を現実化できる形にまで構想・整理できたなら、建築計画はよりスムーズに運べるはずです。ある意味、設計担当者もかなりリスクを低減できることになります。
 そもそもイメージを差し出すこと、イメージを受け取ること、という作業は本質的にはかなり困難と推測できます。ですが「建築物」にはいわば人間臭い歴史(具体例)があり、これを無視したり超えたところでなされた想像は伝達し難いだろうと想像できます。
「食う寝る処に住む処」が基本ではあっても、すでに縄文期には「快適さ」は求められていました。その希求は既に10000年以上の歴史を持っている、といえます。そこからさらに進展した建物の歴史では、欧米の造形的な視点も含まれ、さらに科学的分析までが加わっています。欧米の造形は装飾でさえがある意味合理的であり、その具体的な結論の一つがエンジニアであったコルビジェのデザインした建造物だともいえます。自然に対して屹立し対峙する、といった姿勢です。極論では、「自然は芸術を模倣する」(オスカー・ワイルド『虚言の衰退』)といった逆説(?)もあります。そう言い切りたくなる西欧人の自然界に対する姿勢・特徴がこの言葉にはよく出ています。なにしろ論理的に自然をも超越する神様の存在を長年探求し、ついには、「神とは人の本質を外化したもの」といった、ドイツ人の哲学者たちの呆れるほど徹底した意味の人為的な固定化への執着もまた、アジア・日本人には目を丸くして見ているしかない、哲学者たちのド根性ぶりに圧倒されます。
 が、個々好きずきです。人間対自然について考えようとしても、地震が来る津波が来る日照りが来る豪雨が襲う、必然的に木造の家はよく燃える、とか、考えるより祈ったほうが現実的と思える事態もこの地ではだびたびです。決して笑い話ではありません。これもまた理屈抜きの、「自然は芸術をあっさり破壊する」と観念せざるを得ない事態を二十一世紀になっても体験しています。せめて縄文人くらいにノンビリすることはできないのか、と、遠い郷愁に浸るのも無理はありません。大陸で一番に怖かったのは異民族で、島国では自然の驚異であり、ときとして異邦から渡来する人間たちへの驚異もあったでしょうが、同じ風土(自然条件)を実感し共有すると静かになります。インドでは「大黒」といえば悪魔であったのに、この島に入ってくるとにこやかな「大黒様」に変身し、身近な存在になりました。自然の驚異に対して神々は味方してくれないと、と、ときに理不尽な要求を受けたにしろ、差し引き認めて頼るという習性には切実なものがあります。
 たとえばフランス・パリでは夏でも湿度が低いなど、自然環境に恵まれているといえます。さらに大陸北部は地震もなく、郊外ではいまでもブロック積みの家が新築で建てられています。いわばこの現代に至って更にノドカなものです。
 古来より地震や津波、近年の豪雨など自然災害に悩まされてきた日本では、天に祈るしかない運命論的な思いが潜在的にあります。これに抗うためにはいまや、「科学技術的」な手法に頼るしかないようにも思われます。祈って済むとは誰も信じてはいないでしょう。が、内心では祈っています。つまり人間的です。津波や地震で破壊された家々を私たちもテレビ等て見ていて、その猛威には恐れ入るしかない運命的な側面をまざまざと感じてしまいがちです。理屈抜きの驚異です。このことを予見できなかったのか、と、専門家たちへ神々の役割を期待しかねない切実さがある、といえます。
 そしてここで言うべきは、ただし、東北大地震や熊本の地震でも、すべての家が破壊されたわけではありません。津波に対してはもはや高台を確保するしかないにしても、地震については、破壊されなかった家々についても、その理由を知っておく必要があります。「専門家」はきっと統計的・力学的なデータ収集をおこなってきているはずですが、そうした結果を早く知りたいものです。
 地震の際、いわゆる建売住宅でも新しければ壊れていないし、破壊された多くが古い家屋でそもそも土台に腐食のあった老朽化した家々が真っ先に犠牲となり、あるいは活断層そのものの上に建てられた家はどんなものでも徹底的に破壊されたといえます。原子炉並みの強度でも地震による裂断の力は圧倒的であり、そもそもそこに建てたら助からない、ということは想像できます。君子危うきに近寄らずという、古来の知恵しかありません。
 建築に際しては、ただ恐れるより、立地条件や建物の強度を木造であっても「柔軟性」という観点で捉えるべきでしょう。いわゆる「可塑性」の範囲を大きく確保することが重要だろうと推測できます。その範囲はしかし、普通の筋交いで耐えられた家々も多かった、という事実によって想定できます。
 また、最近ではいわゆる「ベタ基礎」が一般的ですが、これはかなり有効だといえます。単にその頑丈さというより、平面的な柔軟性が各種の地震波に呼応して、いわばうねるように力をいなすといえます。過去10年に関わった新築建物でこの基礎構造の建物は幸いにもすべて破壊を免れています。土壌の液状化現象で傾いた家もありましたが、ジャッキアップで修復され、設置されたモアの配管も内部は無傷でした。外部にあって転倒させられた機器も、元に戻して試運転したところ幸いにして無事でした。外部の配管は建物が傾いたため一部破損しましたが、修復は比較的に容易でした。
 伝統的に恐れるからこそ、なにが安全かもその都度学習するしかありません。被害を受けた建物だけでなく、無地に切り抜けている多くの家々こそ参考にする必要があります。
かつてのリール炭鉱炭鉱夫の長屋
300年経ったアパートの屋根裏部屋1
外部は陰鬱なままだが内部は自由
300年経ったアパートの屋根裏部屋2
イタリア系のOL女性の手による内装
観光客で賑わうカルチェ・ラタンの通り
古いアパートに施した電気の配線
住宅地に面した市場(マルシェ)
裏通りのカフェ
セーヌ川をゆく観光船からの眺めたエッフェル塔
 インテリアにこそ住む人の創意・個性が表れます

 左の写真はフランスのとある片田舎に建てられた連棟式のレンガ造りの住居です。聞けば「鉄筋など使っていない」と住人が平然と答えていました。そういう運の良い地域もある、ということです。ただしその家の中では、世界中によくある夫婦喧嘩がここにもある、とはいえます。
 愛の消長、人の心の幸福だけは自然のものではなく、やはり地震などの自然災害ととは違い、人間が構築すべき、常に意志して維持すべきもののようです。しかしバツ2の元気な独身おばさんも住んでいました。「つい先日、日本の和太鼓の演奏会を見たばかり」という彼女、インタビュアーの日本人に大層愛想の良い笑顔を見せていました。
 人の心の幸福の形ばかりは専門家に頼んでもあまり当てにならないかもしれません。
 それにしても欧米の家では、漁師の家も農家でも、内部のインテリアだけはそれぞれ個性的で「居心地」というものを伝統的によく理解している、と思われてなりません。歴史伝統の根本的な発祥地は「家庭」、といえなくもない。石造りにしろレンガにしろ、無粋といえば無粋です。接近して観察すると結構ザツ、ともいえます。外観がそうであり、当然内部もそのままでは殺風景です。寺院建築やお城は別にしても、建物のデザイン自体は素朴単純でも、室内は個性的です。「心地よさ」を求める気持ちが溢れています。色彩にも配慮し、狭い空間でもうまく居心地を演出しています。
 これは日本のあらゆる「労働慣習」が「一心不乱」を旨として理想化されているのに比べて、欧米での生活はやはり日本人の目には結果として「雑」と映ることになる、意識的な時間の区切り方の相違によっている、と思われます。
 
寄り道ですが、それは何かというと、一つの仕事を納得のいくまで時間度外視で夢中になる傾向と、そのほうが良いと分かっていても予定の時間だからと切り上げる、という判断の仕方の相違、とでもいったことです。いえ…、それではまだ遠慮がちな意見です。自分の判断というより、職場習慣による「周りの目」や「管理者」の視線を気にして帰れない。だから営業で外出している間はノロノロやって、夕方社内に戻ったら帰れそうな時間まで仕事処理の時間を按分しながら留まっている、などのケースも多いのでは?
 この現代デフレ日本のマネージメント論はアメリカ流のものですが、欧米流とは働く理由と私生活の理由は対立するのが当たり前なので、せめて仕事の時間内は最大限に合理的に効率的にありりたいという契約前提のマネージメント論だ、ということです。日本ののそれは「良いとこ取り」といえ、それが助長されるといわゆる「ブラック企業」が誕生する、ということです。

 地域の象徴となるだろう寺院建築なら150年かけても、さらにボランティアで応援するのも信仰の深さを示すという目的に適った、納得付くの行為です。個人の家なら早々に仕上げてあとは居心地を良くする工夫に時間を使う、などの仕事と家庭生活の区切り方、考え方の相違だといえます。日本にもこの傾向は流行的にはすでに現れています。今後はさらに区切り方のメリハリが利いてくるだろうと想像できます。
 そうすると、一見関係ないようですが、インテリアは進化する、といえます。オリジナリティーはさらに重要なものになってきます。

 といって、オリジナルな意匠がそんなに困難なこととも思えません。それはあまりに自由であるためです。外観は陰鬱な建物でもそこに若い女性が一人住むと、内部は単にモダンな印象になってしまいます。古い漆喰は新しい真っ白な漆喰で塗り重ね、なにか:原色の家具をポンと置いてアクセントにしてしまいます。
 迷うのは、自分の空間はあまりに自由だからこそですが、火星など他の惑星でそこの自然条件に合わせて工夫する、というのとはあまりに相違します。似通っているから良い、安心、というのは自然な感情です。人間は環境と調和しようとします。安心や快適のそれが条件だからです。
 風光明媚で大自然に恵まれたカナダの過疎の村ではウツ病が多いともいわれます。人の心は他人を、あるいはコミュニケーションを自然に求めています。それこそ何万年来の人の営為によっています。「孤独が好き」な人ほど他人の存在価値をよく知っています。そこに折り合いを設ける術に迷っています。
 が、直接に関わりがなくても、オープン・カフェなどに一人座り、人通りを見ているのは好きだったりします。人混みにイライラするのは仕事で先を急ぐ時くらいで、くつろぐ時に他人は必ずしも邪魔にはなりません。


 観光客のいないパリの街の少し奥にあるカフェで寛ぐフランス人たちを見ていると、それでもやはり人の集まる場所に変わりはありません。
 観光資源としてパリの旧市街は建物の外観については改装を規制しています。しかし内部はかなり自由で、特に住居はいわば無法状態です。自由。必要とあれば断熱材も使うし配管の素材・工法もいろいろ。技術の質もまちまち。苦し紛れの近代化の痕跡も多数あります。
 ですが外観だけは資源です。パリ経済は観光でもっています。たぶん居酒屋のおばさんはその昔、こんな古い汚い街のどこが良いのか、判断に苦しんだでしょう。それでもさらに外の人間が集まってくると、商売繁盛とともに、他人から「美しい街並み」と言われ、悪い気はしなかったでしょう。歌手ピアフが活躍した時代であれば内輪の乱痴気騒ぎで毎夜賑やかだったという以上に、なにがあったでしょうか。ローマ軍が制圧して以降、シテ島を中心に同心円状に千年にわたって広がった街は一つの誇りにはなるでしょうが、それ以来、共和制が成立してさえナチによるパリ支配まで、居酒屋の威勢の良いマダム達も息を潜めがちだったろうと思われます。

 その点、観光客は平和と繁栄の使者です。それ以上に、「この街は素晴らしい」といわれれば、悪い気はしません。「私の住む不パルとマンは筑後300年経っている」と、自慢の種にもなります。狭苦しい部屋ではあっても、真っ白なお化粧は便利です。キャンパスと同じで、自由な配置でモダンな家具を置けば近代は訪れるといった具合です。さらに若い住人は現代的なアレン゛も受け入れ、加えます。石造建築の制約と内なるアレンジで再生産に努力した、といえます。茶碗でワインを飲む、というのと同じです。慣れればそれでワインの味が変わるというものでもありません。茶碗の景色を眺め、さらにボルドーのワイナリーに思いを馳せる、ということは慣れの問題です。

 パリは観光客(他人の目)が育てた、ともいえjます。「文化の都」と世界に向けて発信するとき、良くも悪くも世界からの批評を浴びます。芸術の都を意図したルイ16世の産物というより、パリは文芸・哲学者たちの無形の創作や考え方により近代を迎え、その後シュールリアリズム運動や、そもそも古典主義の中にあって意識されたサティなどの作曲家による音楽の変化もまた、現代への扉を開いてきました。その特長の一つはより大衆的な、いわば一般論的になされた主張・表現だったというのが特徴です。地下鉄など実際に街路に現れるアールヌーボーの作品など、日常で人の目に触れる創作が実際に人々の耳目を集め、観光地としての賑やかさを獲得したといえます。
 見る者のいないエッフェル塔はただの細い鉄材を無数のトラスで補強した鉄塔にすぎません。芸術センスが日常の中へ押し寄せてきたといえます。そうした変化は世間を活気づけます。色彩や様々な造形が日常を満たし出し、同様に言葉も自由になります。

 それにしても人生の楽しみ方は欧米人の方が長けている、と思われます。マンガによる自由な表現が日本の特徴で「子供っぽい」と揶揄した最近の日本の美術家もいますが、素朴な生活は地球上どこでも子供っぽいものです。ですが、子供っぽいまま素朴に生きられる文化は古代の過酷な人生が理想としただろう、夢想の頂点でもあります。原始人が見たらかえって感動するでしょう。生活の金輪際ありえないはずの姿が、ここにきて実現されているともいえます。
 日本人に子供っぽさがあるとすれば、それは欧米人の権謀術数に慣れていない、というほどの意味です。世界の混迷の一端はそれら「陰謀術数」の結果ともいえます。それを真似ればアジアも同様な道を辿ります。
 その上でなお、人生の楽しみ方は欧米人の方が長けている、と思われます。通例、人生を謳歌する人はどこの国・民族にもいますが、おおよそどこか破綻的で、生活の放擲をイメージさせます。デザインとは設計のことでもありますが、そこで経ている時間と知恵は、大陸の暴力的な歴史の果てに石の砦と門、軍力、智謀の果てにイメージされてきた、ともいえます。永遠と人を超越する絶対は大陸の彼らに共通した願望だったはずです。そうして得られた自分の居場所。大事にしないわけがありません。それが過去の遺構であれ、もはや守るしかない自己同一性の要になっています。
 ところで、ならば日本の事情とは何か、となりますが、自然条件、人の群れる平野の少なさ、です。石を積み上げて家を作るなど無謀です。風土に合った材料・構造が妥当です。より個性的な変化は内装や調度品で決まるでしょう。



さて、これから開店の狭苦しいカフェ・レストラン1
身を寄せ合うしかないスペース。路上使用に市からショバ代を取られるせいですが、カップルが腰掛けていると微笑ましい眺めになります。
狭苦しいカフェ・レストラン2
恐れ入るほど狭い。少しでも多く稼ごうという魂胆もありますが、なにより建物が狭く、知恵を絞るしかない地域です。それでもシックにまとめようと苦心しています。あるいは雑然としていてもムードをかもそうとしています。
裏通りのカフェなど、灰皿を頼むとギャルソンが目配せします、「タバコの吸殻など足元に捨てろ」というのです。もっとも最近ではそもそも喫煙を許さないようになっていますが。
洒落ているが大雑把というのも、パリの印象です。路上のゴミ類は早朝に水を流し、地下の大きな゛水路に流してしまいます。
 
ある意味、この世で最も大事なものの一つ

 「収納」を考えることが同時に居心地や空間構成=インテリアでもありうる、という生活空間ならではの合理性と、私生活ならではの自由な色彩表現の場、が家庭、という発想。ここには家族の慰安と生活行動の円滑さとでもいった、仕事とは違う観点があります。目にはつかない、隠されている空間、それが家の中を活動的に、あるいは慰安の場にします。
 最近、職場が家庭を模倣するような変化もあります。あるいは生活を接近させるという試み。社内託児所などその典型です。同じ人が会社のために働き、別の時間に家族のために働く、頑張るという現実に生きることの意味を素朴な観点から現実化するという試み。
 これはクロスオーバーではなく、確かな分離です。分離とは空間上の区分けではなく、どちらかというと時間帯の区分けです。
 よく中小企業には家の中に会社がある、あるいは会社の中に社長の自宅がある、といった形態があります。この現代では明瞭に分離して欲しい、というのが従業員の願いではあります。職場の人間関係の中に「嫁姑・子姑問題」などが入り込むと、他人は疲れてしまいます。収納も同様な発想でしっかり取り、以後は極力溜め込まない努力を継続するしかありません。
 特に都市の家屋では設計段階で広さの確保に四苦八苦していますが、「より広く」とばかり建物の周囲や物入れを間取りの最後に考えることがあります。
 それがデートの場所なら居場所をロマンティックに、最大限に確保したいと願うかもしれません。しかしここはなにより生活の場です。掃除や片付け、物を整理する必要が毎日生まれます。
 毎日繰り返される生活の作業は、設計時でのポイントです。家の周りもあまりに狭いと普段立ち入るが億劫になり、けっきょく汚れ放題になりがちです。毎日のことゆえ、さっさと片付けられる工夫が優先かもしれません。
 昔から、「狭いながらも楽しい我が家」と歌われたとおりです。家は当たり前ながら生活優先の場です。なにかと忙しい現代では、普段から楽をすることが可能なようにしておくしかありません。使い易い収納を自分なりに考えることもまた、楽しいものです。